
Feb 22, 2026
独自のスタイルでミュージカルを世に送り出すシアターユニットQD(植田望裕・片山絵里)。彼らが2026年の新作『Y』で取り入れるのは、日本の演劇界ではまだ珍しい「試演会」を経て本公演へ向かうという制作プロセス。なぜ今、彼らは「未完成」を見せるのか。物語の根幹、交換可能なジェンダー配役、そして音楽に込められた緻密な仕掛けまで、その成り立ちについてじっくりと語ってもらった。(構成:矢島緑)
1. なぜ「試演会」というプロセスを踏むのか
——今回の新作『Y』では、まずリーディング形式での「試演会」を行い、フィードバックを受けて本公演(2026年7月予定)に向かうという形式をとっていますね。この狙いはどこにあるのでしょうか?
植田: ミュージカルって、脚本や音楽だけでなく、照明やセット、衣装など多くの要素が合わさって完成するものです。でも、そのベースになる物語や音楽という「骨組み」がしっかりしていないと、その上にどれだけ飾りを乗せても面白くならない。ブロードウェイやウエストエンドでは、このコアの部分をブラッシュアップするために、外部の人に意見をもらうワークショッププロセスが主流なんです。あえて余計な要素を削ぎ落とした骨子の部分だけの状態で作品を見てもらう。それがリーディング形式の良さだと思っています。
片山: 『RENT』の作家ジョナサン・ラーソンの半生を描いた『tick, tick... BOOM!』を観た方にはイメージしてもらいやすいと思います。
リーディングといっても、ただの朗読ではなく、役者がいて、伴奏がいて、言葉と音だけでつないでいく形です。以前、私たちのプレ旗揚げ公演『ポーズ』でも、ほぼこの形式を採りました(現在YouTubeで全編無料公開中)。今回はそこからさらに、ト書き(登場人物の行動や状況説明)を役者が読み上げるなど、脚本が言葉として立ち上がった瞬間の、一番純粋な状態をお見せする予定です。
——試演会後にはQ&Aセッションも設けられるそうですね。
植田: 上演後に30分ほどのセッションを予定しています。お客さんの初見の感想はもちろんですが、同業のクリエイターの方々からも、一歩踏み込んだフィードバックをいただきたい。その場で直接やり取りすることで、自分たちの気づかない死角を見つけたいというか。セッションに参加できない、発言しにくい場合は書いて送っていただけるようにする予定です。
片山: 特に日本の小劇場では、制作から本番までのスパンがすごく短いんですよね。中でもミュージカルは書くのに膨大な時間がかかるのに、一度上演して「成功か失敗か」で終わってしまうのはもったいない。今回のように1年半ほどかけてじっくり練り直し、作品を発展させていくプロセスを、意図的にやってみたかったんです。

2. 「ソングスルー」だからできること
——今作もQDの持ち味である、全編が歌で構成されるソングスルー形式ですね。
片山: はい。ソングスルーは、会話をすべて歌にするからこそできる表現の強みがあります。例えば、前半に楽しいテンションで歌っていたフレーズを、後半に全く同じ言葉のまま、悲しいテンションでリプライズ(反復)させることで、キャラクターの変遷をより深く届けることができるとか。
ただ、ソングスルーは構成がめちゃくちゃ大変なんですよ!会話と歌が分かれているいわゆる一般的なミュージカルなら、脚本家の要望通りに作曲家が曲を作ってはめ込む、ということができるので、曲の差し替えや挿入も比較的柔軟にやりやすいです。ですが、ソングスルー形式では書かれた言葉全てが歌になるので、まずはどこまでで1曲にするかとか、どう言葉を整えて音に乗せるかといった緻密な構成の段階が必要なんです。
植田: 50〜60ページの台本を書き、それをどこで区切ってどう曲にするか、どの曲をどこでリプライズさせるか……その構成案を練るだけで、ありえないぐらいの時間を二人で共有しています。
片山:むしろそこが一番時間かかるまであるよね。

3.「対話の拒否」が招く分断を描く
——『Y』の着想はどうやって練られていったのでしょうか。
植田:どこから話したらわかりやすいかな。まず創作過程ですが、『Y』はシアターユニットQDの作品としては初めて、絵里の初期コンセプトを元に製作しています。普段は俺がアイディアを持ってきてそこから物語を作っていくんですが、今回は絵里が昔書いていた台本の『一つの事実に対して何を見るか/見えるかは個々人によって異なる』という状況を、『ある出来事が二人の視点から繰り返し語られる形式でミュージカル化したらどうか』というアイディアをベースに脚本を作りました。絵里のオリジナルの案はカップルの話だったよね?
片山: そうだね。一般的な恋愛ものだった!笑
植田: 俺にとって一番の障壁が実はそこで、あんまり多分脚本の題材として恋愛に興味を持てないんですよね(どのくらい苦手かというと過去作で幸せいっぱいなラブソングが書けなすぎて歌詞をほぼ全部絵里が書いたくらい)。なので、先ほどのコンセプトのところにフォーカスを置いて考えた結果、それなら分断、言い換えれば対話の拒否について描こうと思いました。話としてはすごいシンプルなんですよ。大学時代の「親友」だったミキとジンという二人のキャラクターが、世界各地の空港で時々再会する瞬間を50年に渡って描く、という、たったそれだけの物語です。その中で、大人になるにつれてどうやって自分も相手も変わっていくのかを二人の視点からそれぞれ眺めるという。
現代社会において「大人になる」ことって、「他人のことに口出ししない」という意味合いをよくも悪くも含んでいると思います。それに、他人に対して「あんたそれ間違ってるよ」っていうのってめっちゃめんどくさいしね。そうやって小さな居心地の悪い対話を避け続けた結果としてどんどん社会全体として分断が深まっていくんじゃないかと思うんです。 だからこれは、「政治」とか「歴史」のような大きな物語が「個人の生活」という小さな物語にどんな影響を与えるのかを探る一方、小さな物語の積み重ねがどうやって大きな物語を作り上げていくかという話でもあると思っています。
片山:私が考えた物語の「構造」から、この内容が決まるまでは本当に望裕がたくさん悩んで考えてくれていましたが、最終的にこういう話を書こうと思う、と言われた時はなるほどおおお!と思いましたね。対話の重要性だとか、政治は生活であるといった点はQDが作品製作する際に一貫して重視している点だと思います。といってももっぱら話を考えるのは望裕なんですが。毎回どんなアイディアが出てくるのか、相方である私もすごく楽しみにしています。

4. ジェンダーを入れ替える実験——「男性・女性」版と「女性・女性」版
——キャストについても驚きました。二人芝居で「男女ペア」と「女女ペア」の2パターンがあるそうですね。しかも、台本はほぼ同じだと。
植田: これも大きな実験です。一人称や語尾は変えていますが、物語の構造は変えていません。同じ人生のイベントを、男性として経験するのと、女性として経験するのとでは、地方を出るハードルや就職時の障壁など、社会的な文脈が全く違いますよね。それを交換可能な役として舞台上で提示したとき、どんな変化が起きるのかを見てみたい。
片山: 作曲面でも挑戦でした。単純にキーを変えればいいわけではなく、二人のハーモニーが最もよく聞こえる音域を探したり、ソロ曲ではキャラクターの雰囲気に合わせてキーを丸ごと変更したり。
植田: 内容面では、特に「ジン」というキャラクターに差が出るはずです。生産性や効率が重視される、男性優位社会で生き延びるために右傾化していく過程は同じでも、その背景にある「男性としての苦悩」と「女性としての苦悩」は別物。そこは役者の演技に委ねられる部分も大きいですね。
また、二人芝居で男女だとどうしても恋愛ものばかりになる、もしくはそう見られがちなのが、つまらないなと思って。エンターテイメント、特にミュージカルの異性恋愛至上主義に抗いたくて、この二人は絶対に恋愛関係にしないで書くと決めていました。異性の親友、あるいは同性の親友。その関係性が長い歳月の中でどう変化していくのかを追ってみたかったんです。将来的には男性同士のペア、ノンバイナリーのペアなど、もっと色々な組み合わせを試してみたいと思っています。

5. 50年にわたる「歴史」と「ディストピア」の交差
——物語のスパンは、大学卒業から100歳(2001年〜2080年)まで及ぶそうですね。
植田: メインで描かれるのは50年間、2050年までです。今回は実際の日本や世界の歴史をベースにした「年表」をめちゃくちゃ作り込みました。2025年までは現実の出来事をベースに、それ以降は私たちが考える架空の未来を描いています。
片山: この2050年という設定、実は前作『ベーコン・ワンダーランド』と同じ時空なんですよ(笑)。QDの裏設定というか、同じ世界線で何が起きているのかという。
この50年間をダラダラ見せても面白くないので、物語のルールとして、二人が再会する空港の場面だけを切り取って繋いでいます。
植田: 仲の良かった友人が久々に会ったらすごく変わっていた、という方が、地道にアハ体験みたいに変わっていくより気づきやすいし、衝撃も大きいしね。QD作品にかぎらず私が描く作品は「社会派」や「政治的」とカテゴライズされうるものが多いのですが、今回は大きな歴史の波が、一般の人たちのひとつひとつの小さな生活にどう影響を与えるのかを描きたい。劇中には、今の世界がこのまま悪い方向へ進んだら……というディストピア的な要素もあります。創作で提示した最低・最悪の未来を、現実が凌駕してきかねない危機感も感じていますが、だからこそアートで対抗する意味があると思っています。

6. 音楽に隠された仕掛け
——上演形式も物語の組み立ても挑戦に満ちていますね。音楽的見どころも教えてください。
片山: ミュージカルならではの、音楽の力で形になる「構造の面白さ」を楽しんでいただけたらいいなと思っています。例えば人間って、無意識のうちにそばにいる人の影響を受けるじゃないですか。それを表す表現として、最初は自分のモットーを各々歌っていた2人が、50年後、同様にモットーを歌っているつもりが、実は相手のモットーのメロディに侵食されている……。そんな、歌詞(セリフ)だけでは見えない変化を音楽に仕込んでいます。
その他にも、何度か聞いたら?楽譜を読み込んだら?気づくような「隠れミッキー」的な音楽の遊びもたくさん入れています。物語で描かれる時代その時々のヒット作や、当時の流行ネタを音楽に引用したり!今回は初の試みで試演会版のフルスコア(全曲と伴奏の楽譜)も数量限定で販売しますし、音楽に興味のある方には、ぜひそうした細かい発見も楽しんでいただけたらと思います。
植田: どんな形であれ、「途中の段階」を共有するのは、個人的には正直吐きそうになるくらい緊張します。でもそれ以上に、皆さんのフィードバックによって作品がどう変化し、7月の本公演でどんな完成形に至るのかが楽しみです。そのプロセスそのものも、この『Y』という作品の一部として楽しんでいただけたら嬉しいです。
片山: ぜひ会場で、一緒にこの実験に参加してください!
2026年1月23日収録
構成:矢島緑
<作品情報>
ミュージカル「Y」
試演会(リーディング公演)
2026年3月7日(土)〜8日(日)
絵空箱 Performing Gallery & Café
脚本・作詞・演出 植田望裕 × 作曲・作詞・伴奏 片山絵里
■チケット
劇場観劇チケット https://ticket.corich.jp/apply/410986/
配信チケット https://www.confetti-web.com/events/13938
■あらすじ
——それは『同じ』50年だったのか——
2001年夏、成田空港。学生生活を終えたミキは、新生活への不安を抱きつつも生まれ育ったアメリカに帰国する。一方、常に自分の意志を貫くミキの強さは、漫然と留年をしたジンには眩しく見える。ジンとの友情だけは続くことを期待するミキと、いつかアメリカを訪れることを夢見るジンは別れを交わす。
東京、ベルリン、ニューヨーク、ブエノス・アイレス——空港で再会するたびに、2人の“親友” たちは次第に違う方向へと向かっていく。
■公演の詳細はこちら!

