
2025年1月14日
2024年6月、シアターユニットQD〈植田望裕+片山絵里〉の旗揚げ公演ミュージカル「The WALL」が上演された。ミュージカルは劇団四季しか観たことがなく、セリフもすべて歌で表現される“ソングスルー”形式初体験という低めのリテラシーをひっさげ、でも「この時代にオリジナルミュージカルを書いて上演している若者たちがいるんや」と気骨の気配に引っ張られて阿佐ヶ谷まで観に行った。そして度肝を抜かれる。舞台上の人物たちの眼差し、魂から引きずり出されるような歌声、作品が放つ鋭利で切実な問題提起それらに撃ち抜かれるようにして、観劇後はしばらく放心の日々を過ごした。以来とても気になる存在シアターユニットQDの新作ミュージカルが公演間近と知り、「QDのことをもっと知りたい! 二人の作る作品の実像にさらに迫りたい」という思いに駆られ、二人に創作のルーツについて話していただいた。(構成 編集者・矢島緑)

——まず、お二人の出会いはいつ、どこで?
望裕(のゆ 写真左) 大学で! 偶然! 千村千代*の紹介だよ!
*千村千代は二人の初共作ミュージカル「ポーズ」の作詞家
絵里(えり 写真右) んだね。当時望裕はある英語ミュージカルのプロダクションに関わっていて、私は直接その座組にはいなかったんだけど、助っ人的にヘルプを頼まれてちょっとだけ顔を出し。たぶんその時が文字通り「出会った」時かな?
望裕 多分そう!
絵里 私はその前の年(大学2~3年)にオリジナルミュージカルを別の人と作ろうとしていたんだけど、いろいろあって頓挫してしまって。でもオリジナルをやっぱり作りたいという夢を諦めきれず千村にも話していたところ、「なんか書きたいって言ってる子いるよ!」てな感じで、劇作のパートナーとして望裕を紹介してくれました。なんで千村が両方のことを知っていたのかは覚えてない……。
望裕 私が2年生のときにメインで関わっていた新入生デビュー公演を、かなり初期から千代も手伝ってくれていたから、その過程でかな? 絵里は私の2学年上だから、この時4年生だった。
絵里 ああそうか、そんな気がするね! 私はその公演に助っ人で出演していたんだけど、ミュージカルなのに歌う出番がなくて、新入生をいじめる意地悪おじさん? おばさん? の役だったわ笑。
——なぜ2人で“シアターユニット”を組もうと?
絵里 私はとにかくミュージカルを作りたかった。ので、縁あって処女作を望裕と一緒に在学中に書きました。担当は、望裕が脚本演出で、私が作曲。一作つくってみて望裕とはテーマ性への興味や感覚が近い部分があったので、二人で継続的に作品を生み出していきたいということになり、上演しないと作品を見てもらえないので、その製作・上演の母体として団体、あるいは認識してもらえる何某かの存在が必要だと考え、シアターユニットという形を打ち出すことにしました。
望裕 実は一作目を書き始めた時、まだ舞台版ミュージカルはウエストエンド版『レ・ミゼラブル』しか見たことなかったんだよね……。それなのになぜミュージカルを書くと言ったのか、当時の私大胆が過ぎる。
私は卒業時期がちょうどコロナのパンデミックとドンピシャ(2020年6月)で、今後も継続的に演劇を作ることについて色々考えることが多かった。でも絵里とならきっと続けていけるだろうと思ったのが大きいように思います。2年で解散しそうな気配がしてたら、絶対組もうとは言わなかったと思う。
「劇団」という形にしなかったのは、必ずしも自分たちで作品を上演することにこだわらず、作品を作る方に重点を置きたいから、というのがあります。
絵里 続けていけるって思われてたんだ〜。そりゃそうか、でも嬉しい!

——ユニット名のQDの由来は?
望裕 我々の母校ICUの学内にある建物「ディッフェンドルファー記念館(東棟)」通称「旧D」に由来しています。ここには2~300人くらい入るホールや文化系サークルの部室・練習室があって、私と絵里が出会って活動していたのもこの建物でした。⽇本で最初に構想された本格的な学⽣会館で、建物自体は実は文化財だったりするらしい。
ユニット名決める時に迷走しすぎて、結局共通項として大学に落ち着いたんだよね。
絵里 そうね。二人の共通項があまり思いつかなくて、結果「旧D」をもじることに。よく何かの略か頭文字?って聞かれるんだけど、実はそういうことではありません笑。
望裕 課題やったり友達とだべったり脚本書いたり昼寝したり昼ごはん食べたり……俺の大学生活の基盤となった場所です。今はエレベーターがついたり改修したりでかなり明るくなってますけど、俺たちの在学時は根暗の城でした。ねえ、この言い方流石に語弊を生むね?
絵里 それは怒られる笑。
——『「普通」「正解」を押し付けられがちな毎日に、そうではない視点を持つ選択を投げかける。』というコンセプトはどこから?
絵里 私たちが興味のあるテーマや、ミュージカルという芸術を通してやりたいことを言語化して突き詰めていった時に出てきたワードかな。二人とも性的マイノリティということもあるし、ICUの土壌で学んで得たことも合わせて、今「普通」とか「常識」とか「正解」とされているものって偏見に満ちているのでは? そしてそれに苦しんでいる人はたくさんいるのでは?ということをミュージカルという形態の中で様々な形で表現、提起していけたらと思った。別の言葉にすると、今の社会や世界に対する「怒り」とか「絶望」「憤り」みたいなものがエネルギーの原点にあると思う。
望裕 そうね。このコンセプトを考える時に、それが創作の枷になってしまっても嫌だし、かといってあまりにもふんわりとしたことを書くのも嫌だなと思ってかなり二人で悩んだ記憶がある。「怒り」「絶望」「憤り」は私の個人的な生きる原動力でもあって、毎作そっちにズブズブ引っ張られそうになるのを絵里がブレーキをかけてくれてるので、絵里からストレートにこれらのワードが出てきてちょっとびっくりしてる笑。あなたバランスがやっぱりいいんだね。
絵里 驚かせちったぜ。QDのコンセプトの中には直接書いてないけど、なんか共通認識だと思ってた。バランスがいい? 初めて言われた! 自覚はないけどなんか嬉しい。

——さらにお二人のルーツを辿るべく、子ども時代について聞きたいです。
望裕 めっちゃ人見知り、幼稚園の初日に母から離れたくなくて玄関で号泣したらしい。残念なことにうっすら記憶があるので事実だと思う。小学生以降は基本真面目でなんでも屋、誰とでも比較的仲はいいタイプでした。人間にあまり興味がなかっただけかもしれない笑。
活字なら小説に限らず家電の取説でもこんにゃくの原材料名でもなんでも読むくらいの本の虫だった一方、体を動かすのが好きで、高校卒業までは毎週末スキー・スノボ・ヨット・登山のどれかをする生活でした。

絵里 え待ってめっちゃ同じ、小学生くらいまでは活字中毒って言われてた! なんの裏の小さな文字も読んでた笑。
小さい頃は、家ではふざけているけど、外に出るとお祭りで子供に無料で配られるアイスさえももらいに行けないくらいもじもじさんだったらしい。それが小3の時になぜか弾けて、明るいお喋りなやつになりました。でも同時に小学校高学年はクソがつくほど真面目だったので、生徒代表団とかやってたな。ちょっとスカした子たちとかには嫌われてたと思う笑。
望裕 ねえ生徒会やってた? 俺生徒会長だった笑。
絵里 中高は吹奏楽一筋だったからやってないけど、小6の時は生徒会みたいな「代表団」てやつの団長か会長をやってた。しかもその組織自体が始まった年だったから、初代会長みたいな感じだった笑。

——そんなお二人がミュージカルに出会ったのは?
絵里 中学3年の学校の芸術鑑賞会で『CATS』を観たのが、記憶する限り初めて。当時の横浜キャッツシアターは、猫の目線で見た大きさのゴミ捨て場が客席にまで再現されていて、まずそれがすごかった。音が流れて暗くなったと思ったら、序曲の終わりでいつの間にか客席まで来ていた「猫たち」のランランと光る目がそこら中にあって、感動したことをすごく覚えてる!
卒業生で劇団四季に就職した方がいたらしく、そのご縁で鑑賞したみたい。鑑賞に慣れていない中学生たち向けに、事前に「すごいと思ったら拍手していいんだよ」みたいなレクチャーがあったのもあるのか、すごく盛り上がって。当時は客席降りとか、客を舞台に上げる演出もありました。後日、すごく盛り上がってくれたからお礼にと、役者さんたちのサイン入りポスターを学校宛にもらった!
望裕 東京育ちめ……羨ましいぜ……。
私は幼稚園から高校卒業まで、北海道の海と山とゲーセンとカラオケしかない街で育ったので、大学進学のために上京するまではミュージカルどころか舞台自体もほぼ見たことがなかったんですよね。劇場も映画館もなかったから、見たことがある演劇はほとんどが学校のクラス劇とか。そんなわけで、映画好きの父の影響で『サウンド・オブ・ミュージック』『雨に唄えば』などの往年のミュージカル映画を見て育ち、上京して大学一年の夏にウエストエンドで見た『レ・ミゼラブル』が初めての舞台版ミュージカルでした。でもこの時、ジャベールの自殺シーンの演出が印象的すぎてそこしかほぼ記憶に残ってないんだよね……。
——好きなミュージカルベスト5を選ぶとしたら?
望裕 Rent, Amour the Musical(壁抜け男), Hamilton……ねえ5個って難しいな!!Moulin Rouge! The Musical, A Chorus Lineかエリザベート。
絵里 Jesus Christ Superstar, Kinky Boots, 壁抜け男, フランケンシュタイン, Radiant Babyかな。曲がいいとか、演出がいいとか、脚本がいいとか、細かく分けたらもっといっぱいある!
『壁抜け男』は日本では劇団四季が上演し続けていて、私が好きでDVDを見せたら望裕もはまってくれた。作曲のスタイル、特に日本語詞のはめ方はけっこう影響を受けていると思う。その後望裕が大学の時イギリス留学中に『Amour』というミュージカルが小さいシアターでやってるからと見に行ったら、なんと序曲で「壁抜け男じゃん!」と気づくという奇跡が起きたらしい笑。英語圏ではほぼ知名度がない作品なので、私たちも原題を知らなかったんだよね。
望裕 そうそう、演出の授業の教授に「今週末ロンドンに行くなら、ミシェル・ルグランの後年のミュージカルやってるよ」って言われて、どうせ友達と旅行で行く予定だったし行くか、と思ってあらすじも読まずにチケット買ったんだよね。劇場のCharing Cross Theatreが好きだったから笑。それで序曲が始まったら「めっちゃ知ってるんだけどこの曲!」ってなった。Hannah Chissickという方の演出がすごく好みだったのと、英語版を聞いたら日本語では音節数とかの関係で削られたであろう歌詞が満載で、日本で知られている7倍くらい社会風刺の効いた作品でさらに大好きになってしまった。帰国前日に『Book of Mormon』と迷ってもう一回見に行きました。ちなみにあれUKプレミアだったらしいよ、あんまりヒットしてなかったらしいけど笑。
絵里 今回QD新作の『ベーコン・ワンダーランド』演出助手の清太朗も『壁抜け男』の大ファンということが発覚! 私の書いた曲を聞いて、「壁抜け男好きですか?」と気づかれました、さすが笑。おそらく望裕と3人で、最初から最後まで歌えます。
望裕 いけるいける。じゃあ俺たまに英語版歌おうかな。


絵里 あとこれ、「好きなミュージカル映画は?」って聞かれたら、また答え変わってくると思う!
望裕 間違いない! 『Wicked』良かったよ!
絵里 羨ましい! 日本でも早く見たい!! ミュージカル映画だと……『The last five years』とかも好きだし、アニメーションも入れてよければ『ミラベルと魔法の家』『ヘラクレス』は外せない! やっぱ、曲とか演出とか、部門別に答えたくなってくるな笑。
——演劇とミュージカルの違いって何でしょう?
絵里 私は、ミュージカルは「セリフが歌になった」演劇だと思っています。ので、「セリフが歌かどうか」ということに尽きると思う。なので私は、芝居の中に「歌」が入ってくるものはあくまで「音楽劇」だと思っていて、その歌が「セリフ」として機能しているものは「ミュージカル」だと思っています。説明下手か!?
望裕 いや、でもそれに尽きるんじゃないかな。音楽劇とミュージカルの違いに関してもすごくその通りだと思う。最近音楽劇とミュージカルの違いについて大学院の同期と話してて、音楽劇は”play with music(音楽ありの芝居)”、ミュージカルは”musical”ってのが結構わかりやすいなと思ったんだけどどう?
絵里 そうだね、でもそれ英語がある程度わからないと伝わらないかな……笑。
望裕 そうだった……。

——ミュージカルにしかできないことって何だと思いますか?
望裕 歌って踊れる……。
絵里 歌にしろダンスにしろ、演劇はどんなものを入れ込んだ形態もありえるので、「にしか」できないという問いが適切かは分からないけど、ミュージカル「だからできる」ことはあると思います。例えばいわゆる「独白」。ストレートプレイで舞台に一人だけで、独白を4分喋るというのはシェイクスピアなどを除けばよくあるスタイルとは言いづらいと思うのですが、ミュージカルではロング独白が当たり前。むしろ無いと物足りないくらいなんですよね。現実では外に出ることがあまりないものだからこそ、心のうちの感情や心情を音楽の力を借りて外に出すのが、いわゆるソロ曲だったりするわけです。あとは似た心情の人々の各々の曲に近しいメロディを用いることで関連性を想起させたりとか、逆に同じメロディを違う場面で歌うことで全然違って聞こえる効果があったりとか。ミュージカル「だから」できること、歌に載せることでできることの魅力って計り知れないよな……。
望裕 本当にそうで、特に作曲家とここまで初期段階から密接な話し合いをしながら作っていると、やはり例えば言葉のみで勝負するストレートプレイに比べて、物語の構造やキャラクターの関連性を暗示させる方法が圧倒的に多いと感じます。例えば絵里も言ってくれたライトモチーフの使い方やコード進行、メロディの構成やなんか。私はそういう細かい細工が大好物なので超楽しいですね。言葉で全部やる必要がないから、逆にそこを音楽に任せて言葉は自由に遊びにいけることもあって、そこが好き。逆もまた然りです。
絵里 うんうん。望裕はその辺の遊びを、私にかなりの割合で好きにさせてくれるところもありがたい。私はこの曲同士に関連性持たせたら面白いと思うとか、望裕はここのセリフがリプライズに出てきたらいいと思うとか、そういう二人の意見を合わせて歌詞を練り直してもらったり、曲を作ったりしてます。


——ミュージカル以外の好きな作品も、いくつでも教えてほしいです!
絵里
・本
星新一全般:小学生の時読み漁ってた。
『沈まぬ太陽』
『ジェノサイド』:高野和明さんの作品は全部好き。
ヨシタケシンスケ:絵本全般。
・演劇
『セールスマンの死』
・映画
『きみはいい子』
『リリーのすべて』
『ニューシネマパラダイス』:トルナトーレは他にもけっこう好き。
『彼の見つめる先に』
『きっと、うまくいく』:そんなに詳しいわけじゃないけどインド映画だと好きなのは他にもちょこちょこ。
望裕 いくつでも!!!! 困っちゃう!
・最近の好きなもの
エヴゲーニイ・ザミャーチン『We(我ら)』:1920年代の旧ソ連のSF小説。最後がいいんだよね……。
ユゴー『レ・ミゼラブル』:言わずと知れた。小学生ではまって以来、岩波文庫の豊島与志雄訳をずっと読んでます。原作小説が好きすぎて舞台ミュージカル版に一家言ある。
ラウル・ペック監督『私はあなたのニグロではない』:ジェームズ・ボールドウィンの未完の原稿(Remember This House)を元にしたドキュメンタリー映画。おすすめ。
その他、デヴィッド・ボウイの作品全般(Rock ‘n’ Roll SuicideとAshes to Ashesが特におすすめ)、セザンヌの絵画諸々、モネ『ボルディゲラ』(海の絵)、鶴屋南北、India Ellams『Barber Shop Chronicles』。
・影響受けた作品
ウィリアム・ワイラー監督『ベン・ハー』:映画監督になりたいと思ったきっかけの映画。これがなかったらおそらく演劇やるにしても演出は選ばなかったと思う。
Emma Rice演出『Wise Children』:イギリス留学中に見た芝居。自分がやりたかったけどできなかったことを全部やってて、打ちのめされてしばらく立ち直れなかった。
その他、ジャック・タチの監督作品全般、高田渡、忌野清志郎:あまりにも影響が大きすぎて書ききれないけど、この辺に出会っていなかったら今生きてないかもしれない。そのくらい俺の人生に影響を与え散らかしてる。
——望裕さんは今NYに留学中なんですよね。大学在学中にも留学を?
望裕 学部の時に一年度間イギリスのリーズ大学に留学していました。現在はNYにあるThe New Schoolの大学院の演劇コース、Contemporary Theatre and Performance (MFA)に在籍しています。
ICU卒業後はコロナの流行もあったので一旦一般の企業に就職してみたり、その後はバイトをしながら小劇場で演劇をやったりしたものの、ずっと大学院には行きたくて。というのも学部ではリベラルアーツからの歴史学専攻で、”演劇の授業を受ける”という体験が交換留学中にいくつかクラスをとったくらいしかなかったんですが、自分の性格や学び方を考慮した時に、体系的に知識を学んだり実地で経験をした方がより身につきやすいと思っていたので、どこかの段階で”学校で演劇を学ぶ”ということをしたかったんですよね。そう考えた時に、選択肢として上がったのがロンドンかNYの大学院に進学することでした。
これにもいくつか理由があって、まず学士はもうとっているので、せっかくなら修士をとりたかった。二つ目は実技を通じて演劇を学びたい、ということ。日本で私が探した限りでは、研究者になるならとても面白いだろうと思えるコースはたくさんある一方で、作品を実際に作る機会のたくさんある大学院はほぼなかったんです。三つ目に、いずれ英語で作品を書いて英語圏で上演したいとずっと思っていたので、その足がかりになるかなと。特にミュージカルをやっていると、どうしても英語の音節の少なさが羨ましくなってしまったのもあるし、単純にマーケットとしても桁違いに大きいので。
最後に、ひとつ前の理由とも通じるんですが、せっかく英語圏に行くなら演劇の中心地に行きたかった。イギリスも日本もアメリカも、地域によって多様で魅力的な演劇があるのはもちろんですが、劇場のない北海道の田舎で育ってそこから東京に出たこと、ロンドンからバスで5時間の地方都市に住んでいた経験から、やはり場所って大事だな、と思いました。どうせ行くならど真ん中に行こう、と大学院を選びました。
ロンドンじゃなくてNYになったのは偶然と無計画の産物です笑。長くなるのでまたいずれ。
絵里 ほんとにかっこいいよね!! 尊敬するし、超誇りに思っている相方です。
個人的なことを言うと、私はブロードウェイが大好きで過去2回行ってるんですが、またいつでも行きたいので、望裕がNYに留学することに決まったのは単純に嬉しかった。私利私欲!
学校でとにかく忙しいと思うので、私が最新作や気になる作品の情報を積極的に送って、代わりにチェックしてもらうつもりです、へへへ。

——いまお二人は新作『ベーコン・ワンダーランド』の絶賛制作中だと思うのですが、離れた距離で演劇をつくりあげるのは大変そうですよね。
望裕 NYと東京の遠隔創作はぼちぼち大変です。時差が13〜14時間あるのと、やっぱり特に作品制作が後半になってくると、詰まった時や一箇所だけ相談したい時にパッと確認できないのが不便ですね。東京にいた頃は定期的に絵里の家に行って、お互い別々の作業をしながら時々「ねえこの2番の歌詞、1番より音節が多いんだけど大丈夫かな」「ちょっと弾いてみるか」みたいなことができたんですよね。一瞬で解決していたものが今じゃLINEのやり取りの往復で24時間くらいかかる……。
絵里 確かに、今思えばほんとにあれは最高の環境だったよな……。しばらくはお預けだねぇ。逆に今回、環境が変わって初めてかつ望裕も留学行ってまもない、という状況の中、半年足らずで新作を書いたのは、すごくないか!?
ちなみに作曲家は脚本が仕上がってからじゃないと曲を完成させられないので、最後の方はかなり追い詰められました……まぁいつものことではあります笑。
望裕 今回は本当に申し訳なかった。いつも追い詰めているとはいえ大学院が想定の7倍大変で、意味のわからない詰め方になってしまった……。
絵里 ええんやで! それは分かってるし、一緒にスケジュールを組んだから私にも責任はある。
望裕 そして作品ができたと思ったら稽古はまた別の大変さがあって。
時差の関係で俺は朝4:00稽古開始が多くなるのがかなり辛いし、Zoomや回線の関係で日本チーム側は演出が録画を確認するまでフィードバックを待たなきゃいけない、とか。
『ベーコン・ワンダーランド』も、自分も演出家でミュージカルに理解の深い清太朗が入ってくれていなかったら、絶対無理だったよね。
絵里 ほんとにそうだねぇ。技術の発達した時代になったけど、まだまだ快適にはほど遠くて。画質がいいのはZoomだけど、Zoomは高音が全く聞こえないとか、Googleミートは音はいいけど画質が良くないとか。喋る時も若干の時差があるから、いつものテンポでは話せないとかね。なかなか初めての体験尽くしでした。あと今回は一人芝居のミニマムプロダクションだったので、常に稽古場に人が1人か2人しかいないのも地味に寂しかった!
望裕 間違いねえー!! 俺もZoomと朝焼けを眺めながら咳をしても一人……みたいな気持ちになってた笑。

——お互いに尊敬しているポイントを教えてください。
絵里 とりあえずまず一回話を聞いてくれるところ。脚本家とか演出家として絶対意見、色々考えてきたことがあると思うんだけど、私とかキャストとかが何か意見を言った時に、必ず一度受け止めて考えてから返してくれる。
望裕 他者の視点や意見を聞けないならなんで演劇選んだん?ってなっちゃうからねえ。
ちょっと似てるけど、どんなに自分の好みや意見と違っても突飛に見えても一旦聞いて、大体の場合面白がって乗ってくれるところ。おそらく我々人間としてかなり性質というか性格というか根本の世界観が違うんだけど、よく俺の世界に付き合ってくれるな、と毎回思ってます。あと、面白くなさそうだったら「それ面白くないんじゃない」って言ってくれるところ!
絵里 だって自分にないもの出てくるのってまず面白いじゃないですか。私もお互いの人間性というか、根幹は全然違うと思うんだけど、だからこそバランスとれたりとか、一歩違う意見が出てきたりするのがいいとこかなぁと思う!
——たくさんお話を聞かせていただきありがとうございます。お二人のことを知れて、ますます次作が楽しみになります。最後に、かっこいいお二人の、お互いしか知らないお茶目エピソードとかあったら教えてください笑。
望裕 絵里はね、かなりおっちょこちょいである。多分俺以外も知ってる。
絵里 ふぇ? そうなの? みんなも?!
望裕 知ってるでしょ笑。
絵里 なんか私のことおっちょこちょい言うてますけどね、望裕氏もよくZoomの画面の向こう側でお茶こぼしたりしてますよ。今留学先のNYでは、忙しすぎて自炊できていない時はクッキーを食べて生き延びているらしい。
あとは……稽古期間はよくうちに泊まりにきたりするんですが、気づいたらうちの猫と一緒に床で伸びてたり、鍋の汁の最後の一滴まで飲んでたり、面白かったな笑。

望裕 食べるのが好きなんですね。絵里と絵里のパートナーさんがクリスマスに日本の食材めっちゃ送ってくれたんだけど、手紙にも「クッキーばかり食べていないか心配です」って書かれたもん。その日ちょうどファミリーパックのクッキー買ってきてたから、もはや怖かった……。
絵里 私の妻が、仕送りする母のつもりで望裕に手紙を書いて同梱してたんですよ。留学中も健康に気をつけてね〜〜〜〜!!!

<新作情報>
アポックひとり芝居フェスティバル「APOFES2025」参加作品
ソングスルー・ミュージカル『ベーコン・ワンダーランド』
2025年1月18日(土), 1月26日(日), 2月8日(土)
APOCシアター
脚本・作詞・演出 植田望裕 × 作曲・作詞・出演 片山絵里
■チケット
https://ticket.corich.jp/apply/346463/014/
*アーカイブ付き生配信もあり!
■あらすじ
2050年、日本。異常気象が頻発し非常食の需要が高まる中、業績不振に悩むベニイロ食品が社運を賭けて開発したのは、体の一部を非常食用ベーコンに変えるクリーム、『クリムゾン・ベーコン』。営業部の佐藤は気味悪く思っていたが、最初は反対していた人々も次々とベーコンになっていき……
大丈夫、これが正しいはず。
シアターユニットQDによる、楽しくポップで不気味なディストピア一人芝居ミュージカル!
■公演の詳細はこちら!
https://qdtheatre.wixsite.com/qdtheatre/next

対談構成した人
矢島緑(やじま・みどり) 1987年北海道生まれ。大学卒業後、出版社に勤務し小説の編集をおこなう。2024年に別業界に転職するまで、文芸誌「文藝」編集部で主に純文学の新人作家の作品を広めることに務めた。担当作に宇佐見りん『推し、燃ゆ』、児玉雨子『##NAME##』、安堂ホセ『ジャクソンひとり』、大前粟生『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』、王谷晶『ババヤガの夜』など。心はいつも編集者。https://www.instagram.com/yajimamidori39/